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イチロー引退会見「妻と一弓には感謝の思いしかない」一問一答(その5) - 毎日新聞 - 毎日新聞

記者会見で話すイチロー=東京都文京区で2019年3月21日午後11時57分、宮武祐希撮影

 米大リーグ通算3089安打のマリナーズのイチロー外野手(45)=本名・鈴木一朗=が21日、現役引退を発表した。東京都内で行われた記者会見の主な一問一答は、次の通り。

 ――引退の文字が浮かんで悩んだ時期はあったか?

 引退というよりは「首になるのではないか」はいつもあった。ニューヨークに行ってからは毎日そんな感じ。マイアミもそうだった。ニューヨークは特殊な場所、マイアミも違った意味で特殊だった。だから毎日そんなメンタリティーで過ごしていた。首になるときはその時(引退)だろうと思っていたので、しょっちゅうあった。

 ――今回、引退を決意した理由は?

 マリナーズ以外に行く気持ちはなかったというのは大きい。去年シアトルに戻していただいて、本当にうれしかった。先ほどオファーがある前の話をしたが、その後5月にゲームに出られなくなる。あの時も(引退になって)おかしくなかったが、この春に向けて、まだ可能性があると伝えられていたので、自分なりに頑張ってこられた。

 ――八回にベンチに戻る際、菊池選手が号泣していた。

 号泣中の号泣で、びっくりした! それを見て、こっちはわらけた。

 ――抱擁の際にどんな会話を交わしたのか?

 それはプライベートなので。雄星が伝えることは構わないが、僕が伝えることではない。それはそうでしょう。2人の会話だから。しかも、僕から声をかけているわけで、それをここで僕からこんなことを言いましたと話したら、バカでしょう。そんな人間は絶対に信頼されないもんね。それはダメです。

 ――米国のファンにメッセージを。

 米国のファンの方々は最初厳しかった。2001年のキャンプは日本に帰れとしょっちゅう言われた。けれども、結果を残した後の敬意というのは、これを評価するというのはどうかというか、手のひらを返すとも言えるので。ただ、言葉ではなく行動で示したときの敬意の示し方は迫力があるなという印象がある。なかなか入れてもらえないが、入れてもらった後、認めてもらった後はすごく近くなるという印象で、ガッチリ関係ができる。シアトルのファンとはそれができたような、僕の勝手な印象がある。ニューヨークは厳しいところだった。でも、やればどこよりも熱い思いがある。マイアミはラテンの文化が強い印象で、圧はそれほどないが、結果を残さなければ絶対に人が来てくれない。それぞれ特色があって面白かったし、それぞれの場所で関係が作れたように思う。ファンの人たちの特徴を見るだけで、米国は広いなと。やはり、最後にシアトルのユニホームを着た姿をお見せできなくて、申し訳ない思いがある。

 ――キャンプなどでユニークなTシャツを着ていたが、何か心情を表していたのか?

 そこは言うと急にやぼったくなるので、言わない方がいい。それは見る側の解釈だから。そう捉えれば捉えることもできるし、全然関係ない可能性もあるし。それでいい。

 ――好きに楽しめばいいと。

 だってそういうものでしょう。いちいち説明するとやぼったいでしょう。言うと無粋であることは間違いない。

 ――弓子夫人への思いは?

 頑張ってくれた。一番頑張ってくれたと思う。僕は米国で3089本のヒットを打ったが、妻はおよそ……。僕はゲームの前に妻が握ったおにぎりを球場に持っていって食べるのだが、その数が2800個くらい。(彼女は)3000個いきたかったみたい。そこは3000個握らせてあげたかったと思う。とにかく頑張ってくれた。僕はゆっくりする気はないが、妻にはゆっくりしてもらいたいと思う。それと一弓(イッキュウ)。我が家の愛犬現在17歳7カ月。今年で18歳になろうかというしば犬で、さすがにおじいちゃんになってきて、毎日フラフラなんですが、懸命に生きている。その姿を見ていたら、俺は頑張らないと。これはジョークでもなくて、本当に思う。2001年に生まれて2002年にシアトルの我が家に来た。まさか最後まで一緒に、僕が現役を終えるときまで一緒に過ごせるとは思っていなかったので、たいへん感慨深い。本当に妻と一弓には感謝の思いしかない。

 ――打席内での感覚の変化はあったのか?

 それをここで言う? 裏で話そう。

 ――数多くの決断をしてきた。今まで一番考えぬいた決断は?

 順番は付けられない。それぞれが一番。ただ、米国でプレーするために、今とは違うポスティングシステムを使った。それは自分の思いだけではかなわないので、当然球団からの了承がないと行けない。その時、球団にいる誰かを口説かないと、説得しないといけなかった。一番に浮かんだのは仰木監督だった。その何年か前から米国でプレーしたいという思いを伝えていたが、仰木監督だったらおいしいご飯でお酒を飲ませたら、飲ませたらとあえて言っていますが、これはうまくいくのではないかと思ったら、まんまとうまくいった。これがなかったら、何も始まらなかった。口説く相手に仰木監督を選んだのが大きかった。また、ダメだダメだとおっしゃっていたことがお酒でこんなに変わってくれるのかと、お酒の力をまざまざと見た。やはり、しゃれた人でしたね。仰木監督から学んだことは計り知れない。

 ――昨日の試合は第1回WBC優勝の日と同じだ。それは運命的なものを感じるか?

 聞かされればそう思うこともできるという程度で、僕はそのことは知らなかった。

 ――現役時代に一番我慢したもの、我慢したことは?

 難しい質問だなあ。僕は我慢できない人。我慢は苦手で、楽なことを重ねている感じ。自分ができること、やりたいことを重ねているので、我慢の感覚がない。だから、とにかく体を動かしたくて仕方がないので、体をこんなに動かしたらダメだと我慢することはたくさんあった。それ以外はなるべく自分にとってストレスがないように行動してきたつもり。家では妻がいろいろ考えて作ってくれるが、ロード(遠征)に出ると、何でもいいわけ。それはむちゃくちゃ。ロードの食生活は。我慢できないから、結局そういうふうになってしまう。今、聞かれたような趣旨の我慢は思い当たらない。おかしなことを言っています?

 ――台湾にもイチロー選手のファンがたくさんいる。メッセージを。

 チェンが元気か知りたい。チームメートでしたから。(記者がうなずく)そうですか。それを聞けて何より。今のところ(訪れる)予定はない。一度行ったことはある。すごく心が優しい印象で、いいなと思った。

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https://mainichi.jp/articles/20190322/k00/00m/050/024000c

2019-03-21 17:30:00Z
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